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井上靖全集 第4巻

昔の恩人・・これは9ページの本当の短編。ストーリーの面白さが際立つ作品。佐古千次郎は二十数年前のある年の冬、その年は仕事上の問題で、死神に憑かれたような最悪の状態であった。寒い町の中を歩くうちに、道が二股に分かれている場所に来た。前方にカンテラの灯を持って歩く人が居た。千次郎はそのカンテラの灯が右の道を行くのか、左の道に行くのか知りたくなった。もし右の道を行けば、死のう。左の道へ行けば、生きてみようと思った。運よくカンテラの灯は左に曲がって行った。その時、死魔を追いやって、生への道を歩みだしたお陰で、今かれは椅子の製造者として、一流のメーカーにのし上がっている。そして、偶然二十年前のカンテラを下げた男にめぐり合った。それは頬に大きな特徴のある火傷があったので、今でもその顔を鮮明に覚えているのであった。
 永年思っていた感謝の気持ちを形にしてあげたいと思い、彼と共に飛行機で本社へ帰る事にした。しかし、その飛行機が激しい気流に翻弄され、着陸できず空港上空を旋回することになってしまった。そして、仙次郎は何故こんな事態になってしまったのだ!つまらぬ恩返しなど考えるから、こんな事態になってしまった。実際はあの男が右に行こうと、左に行こうと、俺は今の地位を得ていたはずだ。またあれは犬が左に行っても良かったのだ。そんな事を考えていた。一方このカンテラの男も、確かに今は貧しく生活するのは大変だが、さりとて借金があるわけでなく、女房子供もいる家庭である。ここで意味もなく死んではたまらない。勝手に恩人として飛行機に乗せられたのが、悪いのだ。隣り合わせに座っていた自分と恩人が、今や仇敵のごとき関係にある。・・・・・・・・・・・・・
 そして、数時間後乱気流の中、飛行機は無事滑走路に滑り降りた。妻が恩人を見つけようと、必死で探していた。しかし、タラップから降りた二人は黙って右と左に分かれて行った。

 このような、ストーリーをよく考えるものだと感心する。面白かった、で終わりそうだが、彼の作品は何か考えるヒントが隠されている。前に行くのは犬でもよかった。自分の運命を自分以外の物に託す危うさを感じる。ほとんど実際にはあり得ない二十年後の再会を設定してまで書きたかった作者の意図は、この自殺するかどうかの最後の決断を自分でしなかった事にあるのだと思う。決断を逃げた結果、二十年後また飛行機の中で同じように、恩人から死神に簡単に考えを変えてしまう。長い間この男に対する感謝の気持ちは何だったのだろう。無事到着したとき、千次郎はまたこの男に救われた、と考えることも出来たであろうに。

井上靖全集 第4巻

篝火・・多田新蔵が捕まったのは大海という部落の北方の田んぼの中であった。その時、彼の格好は裸で、緋緞子の下帯をしただけのものであった。合戦がはっきり敗北と決まるまで戦場を駈けずり廻っていた。彼を取り囲んだ十数名の織田軍の兵士は彼を討ち取ろうとはせず、捕虜にしてしまった。彼が連れられていく原野の風はまだ生臭かった。到るところ味方の武田軍の兵士の死体が横たわっていて、そこに弱い夏の夕日が斜めに落ちていた。    べらぼうな話しだ! こんな合戦ってあるか!
 これがこの敗北した戦いの感想であった。もちろん、こんな姿で敵の兵士の前に生き恥をさらしたことではない。奇妙な格好で捕虜になったこのなど、いっこうに気にならず、恥ずかしくもなく、怖くも悔しくもなかった。織田、徳川連合軍が信玄なき後この武田軍を殲滅する可能性は大いにあった。それなのに新蔵のこの胸の内にある理不尽さは一体何なのだ。
 新蔵は多田淡路の守の息子であり、美濃の多田淡路の守といえば知らぬものは居なかった。またその倅も偉丈夫として有名であった。
 彼の処分は誰の命か分からぬが、「恥じるに及ばず」というものであった。命は助けてやる、仕官せよ! というものであった。
 「俺がなぜ裸になったか、貴様は知っているのか」彼は若い武士から質問されたのである。「そんなこと知るか」「判からんだろう、お前には」

 彼は戦場で信じられないこと見聞きした。味方の兵士、高阪昌澄も、内藤昌豊も、みんなあっけなく一瞬にして相果てた。信ずべからざることが起こったのだ。土屋昌次も、原昌胤も死んだ。馬場信春も死んだ。その他大勢の優れた武将たちがみんな銃火の中に息を引き取ったのだ。主君勝頼さえどうなったか分かったものではない。この戦場の事実が彼に、 べらぼうな話しだ!と言わせたのではない。
 この敵陣地で交わされた若い兵士たちの言葉によってである。
五人の百姓のような雑兵たちに対する若い武士の質問「お前たちか、山県昌景を狙撃したのは」「命令もないのに、なぜ狙撃した」「暇だったのでございます」「暇?」「あの時、することがなかったのでございます。まとに申し訳ございません」この時新蔵は、怒られている雑兵よりも、もっと大きく自分の体が震えているのを感じた。
 
 新蔵は戦場の左翼で、山県昌景が被弾に斃れた時を見ていた。それは偶然彼の目に入った修羅場の一シーンであったが彼の死の意味は武田軍にとっては、限りなく大きいものであった。合戦の神と言われ、長く武田の至宝と言われた山県昌景の死は、急に武田軍の運命を暗く冷たいものにしたのである。この合戦は駄目だと思った。しかし彼の死は信じられないほどあっけないものであった。かれはいきなり前屈みになったと思うと、たわいなく馬上から転がり落ちたのである。まったくあっけない落馬の仕方であった。それがである、この雑兵たちは、手持ち無沙汰を紛らわすために、彼らの目にも目立って見えた一人の武田の武将を狙撃したのであろう。ばからしいことは百も承知していたが、そのばからしいことの限りが、この時、彼にこの日初めての憤怒を点火した。そして突然、大きな唸り声をあげて、彼らの方へ、篝火の光の中に身を躍らせた。・・・・・

 戦場の武器が弓から鉄砲に変化する時代の大きな変化を、その本質を多田新蔵は知らなかった。単に鉄砲が一発討った後の時間をどう縮めたらよいか、というような戦法の問題ではなかった。最早、鉄砲には刀や弓のような武士の精神は不用であった。これはパソコンや携帯が従来の道具にはない恐ろしいような力を持っている事の真実をわれわれ多田新蔵は知るべきである、と井上氏は言っている。


井上靖全集 第4巻

その日そんな時刻・・紅子の夫、亮一は精神異常の病気で長く病院生活を送っている。担当医はほとんど回復していると診ているが、付き添っている妻にはその異常さは良く分かっている。特に亮一の病状は妻依存症というか、一時でも妻が自分から離れると怒鳴ったり、暴力を振るったりする。妻の手を握って離さないときなど、その手が万力で握られているような恐ろしい力で締め付けてくる。夫は身体も大きく、力も強いのである。
 希望のない毎日の生活の中で、雄次という紅子より二歳年上で三十二歳の青年が秘かに紅子に心を寄せている。彼は田舎の旧家の出身で、紅子はこの家の離れを借りて住んでいる。したがって、大屋さんの息子となる。この地方では男は三十二歳にもなると、子が二、三人いてもおかしくない年齢であった。だから、世間では雄次を変人かどこか身体が悪いのでは、と見ている。しかし紅子夫婦には男の子もいる家庭の主婦であり、雄次の愛を容易には受け入れられない。
 経済的にも困難な状況にある紅子夫婦に対して、雄次の知人である、後川を紹介する。
後川は東京の実業家で、この村の土地を購入するためにやって来たものだが、雄次はその斡旋をしていた。経済的に裕福である後川とコネを持つ事は自分にとって、あるいは自分と紅子にとって、有利なことと考えていたようである。東京から来たこの一見紳士然とした実業家に雄次は尊敬の念を示し、紅子にも紹介したのである。
 この地では感じられない都会風で知的な雰囲気があるが、どこか冷淡な感じのするこの実業家に対して、紅子は誠実さのある雄次にはない惹かれるものを、次第に感じ始めていた。紅子と後川との仲が接近していく中で、東京での後川の噂が雄次にも入ってくる。
 雄次の後川に対する見方も最初は尊敬の念が強かったが、事業の失敗からその人間性まで、変化してくる。しかし紅子は一旦好きな感情を抱いてしまった男性に対して、もう後戻りができない心理状態にあるのだろうか。
 「金が欲しいな!」と呟く(これが物欲しそうでなく、どうでもいいけどチョット言ってみたという雰囲気で言うのである)。「お金!」「いや、いいんだ」「でも、いまお金が欲しいと言いました」「いいんだ」「よくはないでしょう」「たいした金ではないんでどうにでもなる」。そう言ってまた彼は眠りに落ちた。・・そう、そういう状況の中で。〜立ち話では駄目なんだよ!〜 
 
 そうした中で、結局後川は50万円(終戦直後だから大金だったでしょう)という金額を口にする。「そんな大金は持っていません!」と言いながら紅子はその大金をどうしたら集められるか、考えてしまう。そしてひどいことに、彼女に心寄せている純情な青年雄次から大金を借りてしまう。雄次はそれを会社から借金によって借りたものであった。
 それを持って、すぐ上京し後川の泊まるホテルや住所に行くが、名前さえ嘘であった。
そんな後川のことを、雄次がののしるのを見た紅子は後川をかばい、雄次を憎んだ。走り出した紅子という蒸気機関車は暴走を始める。もう誰にも止められない。
 病院にいる夫、亮一は精神異常な病人でありながら、何かを感じているのか紅子を離そうとはしない。決して出かけてはいけないと言うように。

 大金を持った(最後は百万円になっている)紅子は後川を海辺に近い断崖のうえに呼び出す。後川は近寄ってくると、いきなり「どう、できた?」と訊いた。金のことだった。
「できました」「すまなかったね」これで落ち着いたといった風に、ゆっくりと煙草に火をつけると、後川は例の疲れた目で紅子を見た。紅子にはその後川の眼がやさしく思われた。
後川に紙包みを渡すと、紅子はいきなり、両手を彼の首に投げかけた。「抱いて!」「人が来る」「来ません」後川は静かに紅子の手を解くと、「来週の土曜に来る。ゆっくり会おう」と言った。「今日は私は、帰らなくとも構いません」彼女はそのつもりで、病院を出てきた訳ではなかった、ただこれだけで後川と分かれるのが嫌だった。・・・・・・・・・・・・・・・
 この時全く思いもかけず殺意が紅子を捉えた。・・・紙包みの束が、後川のわきの下から落ちたのを拾い上げようと身を屈め、再び身を起こそうとした時、紅子は彼の体に自分の体をぶっつけ、同時に両手で力任せに彼の胸を衝いた。紅子はそのうち、のろのろと立ち上がると、一度崖下を覗き、それから夢遊病者のように歩き出した。

 二時間ドラマなら主人公の紅子はなかなか殺人者には出来ない。主人公が雄次なら可能かな。もちろん、後川でもない。どうみても後川はペテン師である。それなのに、しっかり者の紅子はやはり逃げ場のない情況の中で、しゃれた、ちょっとダンディーな感じのする東京の実業家というふれ込みに、どっと、全てを捧げてしまう。恐ろしい。作者はこの不自然な展開をどう整合性を感じ、納得してくれるか、筆を振るう。でも読者のこのもやもや感は崖から衝き落とさなければすまない、ということを知っている。井上靖の人気はこんなところにあるのではないか。

井上靖全集 第4巻

みどりと恵子・・夫が出張で、伊丹から飛行機で九州へ立った同じ日の午後、みどりは留守を女中のみよに頼んでおいて、登りの急行に乗った。岐阜に着いたのは四時だった。駅の観光案内所で聞いて、一番いいというホテルを教えてもらい、自動車を走らせた。その日は丁度長良川の鵜飼の日であった。長良川に架かっている橋を渡るとき、ふと、ここで昔の恋人である結城からフランスの有名な詩人の詩を教わったことを思い出した。詩句は忘れたが、水の流れは時々刻々流れてやまないが、古い橋だけは変わることなく、いつまでも同じ所に架かっているといったような意味であった。
 何故同じ日に夫婦別々に旅行に出かけたか、という理由がみどりによって記された封筒による手紙で、明らかになる。わたくしは、貴方もよくご存知のように、五年前貴方と家庭というものを初めて作りますまでは、さんざん勝手なことをしております。好きだとか嫌いだとか、寄ると触ると言いあっている息苦しい生き方に疲れて、貴方とならもっと落ち着いた静かな生活が出来ると思いまして、私として初めて人並みの世の女の椅子に座ったつもりでしたが、結局はそれも駄目なようでございます。
 今度の貴方の恋愛事件は、率直に考えますにその責任の一端は私にあるものと思っています。それは最初の恋人結城はまだ新進の画家であり、私は二十歳の画学生でした。以来多くの男性たちとの付き合いは続き、結局最後は今の夫、小柳卓三とはみどり(私)が勤めていた酒場の経営者からの紹介により結ばれたものです。
 独身時代に最も精神的な影響を受けたのは、やはり最初の恋人である結城であった。
皮肉にも夫卓三の浮気相手は元恋人の結城の娘恵子であった。結城のみどりと恵子に対する姿勢はまったく対照的なものであった。つまりみどりに対しては絵画という共通な事柄からか、自分を強く出す生き方あるいは積極的で奔放な生き方を勧めていた。しかし一方の娘恵子に対しては、慎ましく控えめで堅実な生き方を勧めていた。
 だから、そのような生き方の中で恵子が本当に夫卓三を愛し、卓三もまた恵子を愛しているなら、自分は身を引いてもいいのではないか!そう思った。
 このような状況の中で、一人昔の恋人の面影のある岐阜、長良川で別れの手紙を書いているのである。

 ホテルから少し上流の対岸には既に何十艘もの屋形船が集結していた。遊覧船は全部そこに集まり、上流から下ってくる鵜飼の舟を待つということである。右も左も華やかな酒宴が開かれ、自分ひとりが舟を一艘占拠して、所在なくしていることが恥ずかしかった。
鵜飼の最初の篝火の赤い火が上流から見えた時は、九時を少し廻っていた。それから六艘の鵜飼舟が下ってくるには、更に半時間近い時間がかかった。既に観光客が去って行ったあとで、本漁の攻めというものがあった。老人の漁師によると、これこそが本物の鵜飼であり、それまでの物は観光のための物だという。上流からやってきた六艘の篝火はかなりの速度でやって来て、あっという間に漕ぎ去っていった。舟の舳先につけられた篝火が川面を嘗めながらの一瞬の景色であった。

 ホテルの近くまでは行けないということであった。昼間自動車で通った橋の近くまで、下って行った。その時、昼間忘れていたアポリネールの、水は流れて橋は残るという“ミラボー橋”の詩句の最初の一行が、みどりの心にふとはっきりと思い出されて来た。

 この作品は最後の幻想的な景色が頭に描けなければ、興味は半減してしまうと思う。
私(筆者)は、この暗闇の中赤々と燃える篝火の美しさを充分に想像出来ていない。だからアポリネールの詩も結城とみどりの恋も充分には理解出来ていない。映画なら文句なくこの最後のシーンが全体を引き締め、恋の切なさや不条理や人生の諦観も味わえるのではないか?そう思った。

井上靖全集 第4巻

井上 靖全集 第4巻
異域の人、信康自刃、稲妻、末裔、みどりと恵子、野を分ける風、大洗の月、
漂流、湖上の兎、グウドル氏の手套、少年、信松尼記、僧行賀の涙、森欄丸、驟雨、ひとり旅、その日そんな時刻、昔の恩人、胡桃林、春の雑木林、赤い爪、
杢さん、青いカフスボタン、花粉、鮎と競馬、殺意、父の愛人、風、夜の金魚、
錆びた海、チャンピオン、投網、合流点、姨捨、二つの秘密、天正十年元日、
帰郷、風のある午後、黙契、失われた時間、湖の中の川、白い街道、湖岸、篝火、
  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
信康自刃・・織田信長と徳川家康との政略結婚によって生まれた若くて、理知的な武将の短い一生を描いた作品。名前を信康という文字どうり信長と家康から取った、人も羨む出自である。しかし、政略結婚という人間ではなく、道具として扱われた若い夫婦の物語である。信長の娘、徳姫はたった9歳の年に、これも同じ年の家康の嫡子・幼名竹千代の所に嫁がされていく。そこには家康の室、築山殿(信康の母)がいる。彼女は、家康が今川家に人質になっているとき、今川義元の仲介によって、義元の養女である築山殿を室とされ、その間に生まれたのが信康である。しかし家康は今川家に代わって参河を根拠地として東海に勢力を張り出していた。また、今川家は桶狭間の合戦により直接、織田信長によって、滅ばされている。
 このように、複雑で普通ならあり得ない人間関係、親子関係の中で、信康は成長し、武将として優れた素質を見せ始めている。その働きは父親である家康が将来自分の座を危ぶむほどのものであった。親子でありながら、二雄並び立たずという事があるのだろうか。(歴史上の事件としては、よくある話ではあるが)
 嫁入りした若い徳姫には、感情を表さず能面のような母と息子に対して、親しい感情は湧かず、また信長の娘という気位の高い妻である事を認めないわけにはいかなかった。
このような状況の中で、徳姫から義理の母・築山殿と夫・信康に対する日ごろの不満が十二条の罪状文となって出てきた。信長はその、どの条項にも無関係にこの二人は家康と計って滅ぼす積もりでいた。築山殿を害し、信康を自刃に追いこんだ。この親子や徳姫をも含めて、その時だけその場を行き過ぎれば、後は将来自分たちに害を及ぼすかもしれない人たちは排除していく、畜生のような、いや動物には絶対あり得ない修羅、畜生道をいくものである。
 そしてお待ちかね、最後に意外ストーリーがやってくる。徳姫は信長のもとに戻り、その一年後に次のような噂を耳にするのである。即ち、信康自刃の折の最初の介錯人(切腹する人が苦しまぬよう背後から切りつけ息を止める人)渋河四郎衛門が当日半狂乱となって出奔してしまい、ためにそれに代わって服部半蔵が介錯することになったが、鬼の半蔵と言われた彼も、その場に及ぶと刀を投げ捨てて卒倒してしまったということ、代わって信康を介錯した天方山城守は、その後家を出て高野山に入ってしまったということ、それから又、合戦の度に信康に具足を着けていた久米新四郎が、信康の自刃を聞くや、仕官を捨てて、家康の上意に依っても絶対に志を変えないでいる事。そうした信康自刃を取り巻く数々の噂は、岐阜に行ってから、一年後に徳姫の耳に入った。この登場する人物の名も顔も徳姫は知っていた。しかし築山殿がそうであったように喜怒哀楽を喪った無表情で彼女は聞いていた。尾張に帰ってからの徳姫のその後についてはほとんど知られていない。一説に兄信雄によって秀吉のもとに人質に出された「妹岡崎殿」なる女性が徳姫ではないか?ということ、晩年京都烏丸御門の南に住んでいて、寛永十三年、七十八歳で没した、という記事あり。
 
 いつも同じ反応を示してしまうが、一体信康はどんな武将であったのか?これほど沢山の噂とはいえ残っているのであるから、人間的に素晴らしい人物であったのであろう。けれど井上氏はこの小説では、あくまで短編という制限の中で、想像するのは読者、作者はそのための種を沢山撒いておくだけ、そういう態度である。本当は結婚後二人の生活の一こまに次のようなエピソードがある。信康は徳姫の侍女が彼の粗暴な言動に対して諫言する。これを聞かずこの侍女を、姫の前でいきなり髪を掴んで、その場にねじ伏せ小侍従の髪を脇差を抜いて、切った。さらに彼女の細い腕を、徐々にねじ上げ、ことりという音がするまで力を緩めなかった。一体彼はどんな人間なのだろうか。読者を感情移入させないのか、人間そんな単純ではないよ、そう言いたいのだろうか。
 
 いつも最後はこのエピソードで後は流し読み。しかし感想文を書くのでもう一度読み直して、哀れは築山殿、息子信康以上に実家に帰された徳姫が兄により更にまた人質として差し出される事はホンの追加文のように書かれている。自分を殺し、一切の感情を抑制する能面のような顔。しかし最後は七十八歳という高齢まで生き、ざまあみろ、みんなみんな死んじまったよー、私は人間として生かされなかったけれど、お前らが死んだ後、人間らしく生きてやったぞー、そんな声を発していると思った。

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