昔の恩人・・これは9ページの本当の短編。ストーリーの面白さが際立つ作品。佐古千次郎は二十数年前のある年の冬、その年は仕事上の問題で、死神に憑かれたような最悪の状態であった。寒い町の中を歩くうちに、道が二股に分かれている場所に来た。前方にカンテラの灯を持って歩く人が居た。千次郎はそのカンテラの灯が右の道を行くのか、左の道に行くのか知りたくなった。もし右の道を行けば、死のう。左の道へ行けば、生きてみようと思った。運よくカンテラの灯は左に曲がって行った。その時、死魔を追いやって、生への道を歩みだしたお陰で、今かれは椅子の製造者として、一流のメーカーにのし上がっている。そして、偶然二十年前のカンテラを下げた男にめぐり合った。それは頬に大きな特徴のある火傷があったので、今でもその顔を鮮明に覚えているのであった。
永年思っていた感謝の気持ちを形にしてあげたいと思い、彼と共に飛行機で本社へ帰る事にした。しかし、その飛行機が激しい気流に翻弄され、着陸できず空港上空を旋回することになってしまった。そして、仙次郎は何故こんな事態になってしまったのだ!つまらぬ恩返しなど考えるから、こんな事態になってしまった。実際はあの男が右に行こうと、左に行こうと、俺は今の地位を得ていたはずだ。またあれは犬が左に行っても良かったのだ。そんな事を考えていた。一方このカンテラの男も、確かに今は貧しく生活するのは大変だが、さりとて借金があるわけでなく、女房子供もいる家庭である。ここで意味もなく死んではたまらない。勝手に恩人として飛行機に乗せられたのが、悪いのだ。隣り合わせに座っていた自分と恩人が、今や仇敵のごとき関係にある。・・・・・・・・・・・・・
そして、数時間後乱気流の中、飛行機は無事滑走路に滑り降りた。妻が恩人を見つけようと、必死で探していた。しかし、タラップから降りた二人は黙って右と左に分かれて行った。
このような、ストーリーをよく考えるものだと感心する。面白かった、で終わりそうだが、彼の作品は何か考えるヒントが隠されている。前に行くのは犬でもよかった。自分の運命を自分以外の物に託す危うさを感じる。ほとんど実際にはあり得ない二十年後の再会を設定してまで書きたかった作者の意図は、この自殺するかどうかの最後の決断を自分でしなかった事にあるのだと思う。決断を逃げた結果、二十年後また飛行機の中で同じように、恩人から死神に簡単に考えを変えてしまう。長い間この男に対する感謝の気持ちは何だったのだろう。無事到着したとき、千次郎はまたこの男に救われた、と考えることも出来たであろうに。