通夜の客・・1960年「わが愛」という映画(五所平之助:監督、有馬稲子・佐分利信:主演)になり、喪服の女性の美しさが話題になった記憶がある。 主人公、新津礼作はB新聞社東亜部長や論説委員を歴任し、終戦と同時に職を辞し、家族とも離れて、一人鳥取県の田舎で晴耕雨読の生活を送っている。そして四年目も半ばに近く社で新津の噂も間遠にしか聞かれなくなった時分、彼は健康そうな顔をして新聞社に姿を現した。後輩たちの歓迎の会があちこちで催されるなか、彼は突然亡くなった。 通夜の最中、見知らぬ美しい女が、お焼香にやってきた。敷居のそばに慎ましく座ったが、黒っぽい服を着た若い女だった。夫人が部屋を出て行くと間もなく、それまでじっと遺骸の前に頭をたれていた女は、すっと手を伸ばして、遺骸の顔の上にかぶせてあった白布を取ったと思うと、覗き込むように新津の死面に見入り、それから又白布を元のように置いた。玄関まで送り出した親戚の女が、焼香の礼をいい、失礼ですがお名前をと言うと、「水島きよと申します」と、ただそれだけ答えた。 もうこれだけで、読者は充分読書欲をそそられてしまう。これから、新津と水島の関係は果たしてミステリー風に展開するのか、松本清張風に社会問題化していくのか? 水島との出会いは十年以上前に日本橋のお茶屋で、十六になる初心で何も知らなかった娘の時だった。同じお座敷に出ていた秀弥姉さんと新津との忍ぶ恋を見ながら、いつしか自分との恋に代わっていった経過が綴られている。 そして又、新津が鳥取県の田舎に引っ込んだ事を知り、勝手に押しかけて行き同棲を始めてしまう。 井上靖描く主人公の男性の典型? 短篇「猟銃」に出てくる男のように、クールで取りつく島もない様でいて、一旦親しくなると離れられなくなる、女心を刺激する、当時はあこがれる男性像ではなかったろうか。彼の作品はこのように、物語の展開に重点があるのでなく人間関係がどう成立していくのか、ここに面白さがあるのだと思う。
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